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ゆびさきがつめたい

Thoughts make things, you know?

なぜブログ

私がブログをはじめたのは、たぶん書く道具を手で持てなくなったから。

 

好きな言葉を集めること、感情を捉えることは元々好きで、
幼いころから手帳なんかに、たくさん引用した言葉や自分の感情の揺れを書き付けてきた。
社会人になってから、手が痺れたり、仕事で痛めたりしている最中、
もっぱらいじれていたスマホでメモに感情を書き記す行為だけが残った。
好きな言葉はタンブラーに、つらつらリブログしている。

 

なんてったって、スピード。
思うがままに、とりあえず手を動かせる。
文字だって、急いで打ったからって汚くなるわけでなく、
推敲も消し跡もなく、美しく出来る。
谷川俊太郎も詩を書くときはMacを使うって言ってたことを思い出す。
坂口安吾も文字を書くスピードについて言及してたはず(原文忘れたけど)。
とにかく、書ける。

 

何でこれを書いてるかというのは、すきな作家さんが
「1日1日が軽くていい」という言葉をつぶやいていて、ドキッとしたからだ。
彼女は「外に向けて」作品を作ることを目標としている方だから、
自分への慰める行為になるとやりたいこととの乖離が出る、ということらしい。
ふむ、なるほど。

 

じゃあ、私は今の今までだいたい一日ずつについて書いているけど、何のためなんだろう、と省みる。

 

まぁ、比重が異なることによって記念日とかの重要性が出るのは否めない。
だけど、大事だと思えることも、そうでないことも、
等しく扱われることには、ずっと抵抗がある。(それをよしとするユーザーもいはるとも思う。)

今なにをしているか悟られるのは嫌な性分だし(ほんとに嫌)、思わぬ言葉に衝撃を受けやすいから、SNSとは少し距離をとることにしている。自分がしんどいのは嫌だし。自分本位すぎるのかな?

 

私がなんでこの媒体で書いてるか、って、こんなに揺らいでいるのは今まで生きてきた数十年の中でで今しかない、と
思ってるから。作品どうこうじゃなくて、なんていうか、ほんとうに180度変わっているから、
忘れないようにと思っているからだと思う。

 

わたしは文章にする。忘れっぽいから。
少し隔離された場所で、自分の慰みのために、
過去の私を肯定して、未来の私に向けて、今の私が書いてる。


なんつって。

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