読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ゆびさきがつめたい

Thoughts make things, you know?

リリーさんとの、いちにち

職場のリリー・フランキー似のおじさまと、競馬場にいってきた。これから仮称・リリーさんと言う。

 

リリーさんと行くことになったのは、私が次の休みに、せっかく東京に来たので、地方の競馬場にひとりでいくということを上司の人にこぼしたからだった。
とってもいい人だったからなのか、私がひとりでいくのを心配してくれたのか、馬好きが珍しかったのか、「リリーさんと一緒にいきなさいよ」と私にとっては突拍子もないことを上司は言った。まだ誰かわかっていない人と一緒にいくのは、なんだか怖かったし、専務の言うことに逆らうのも(研修中の身で)絶対無理だと思ったし、そのリリーさんの予定も全く聞いてないし、なんちゅう計らいなんだろう、とも思ったけれど、すごく気が違ってる気がして楽しくなって「リリーさんがいいなら是非!」みたいなことを言った。

それから数十分たって、リリーさんが現れて「で、明日、何時にどこで集合しますか?」とさらりと話がはじまった。「ほんとに行くんですか?こんな小童と?」と聞くと「お金貰っちゃったから、仕事だよ仕事。」と封筒をひらひらさせて、少し悪態をつく。彼は、レースを見に地方まで足を伸ばす、その道では割と名前も実力も知られている人らしい。こんなとこでリリーさんなんて愛を込めて言っちゃってごめんね。今になって言うと、こういうおじちゃん、大好きなんだけどね。

 

モノレールに乗る。シンゴジラを見てから、この電車に乗ると、東京感が出てて、気持ちよかった。

小雨の中を、ひとり1レース目から見る。全然当たらない。かすりもしない。うえん。ひとりでしっかり競馬してる女が珍しいのか、みなさまじろじろ見てくるんだよう。リリーさんから合流しましょう、どこにいますか、と電話をもらう。キョロキョロしていると、彼はすぐに私を見つけてしまった。帽子を被り、伊達眼鏡をし、ステッキの代わりに雨傘を地面に突き立てている。
雨でなかったら一日中ぐるぐると園内を回るつもりだったけれど、その日は大人しく指定席をとって、4コーナーから下を見下ろしていた。

それから全然当たらなくって、少ししょげてしまった。「飯を食べると運が変わるからな」とリリーさんは言ってそばを食べた。私は親子丼を食べて、ぼんやりテレビを見ていると、ワイドで選んだ三頭とも来て、びっくりした。本当にこんなことあるんですね!すごいですね!と言うと、リリーさんは、にかっと笑って「おめでとう」と言った。

 

それからは、普段は賭けてる時に呑まないと言っていたのに、ビールをひっかけたリリーさんは、1番推していたレースをはずして意気消沈していた。仕方ないか、と、彼にのっかるのはやめてしまったら、メインレースとその次のレースで取り戻していて、わたしは悔しかった。「ギャンブルなんて自己責任ですよ!」と強がる私に、ドーナツをおごってくれた。美味しかった。帰りのエレベーターの中で銀座のホステスのお姉さん3人が「あのおじさまのバッグすごかったね〜」「130万くらい〜?」という会話をしていて、動揺した。確かに金持ちの道楽で競馬してるおじさん、ひっとらえる戦略は、あながち間違いじゃない。私は無理だけど。

 

お金を湯水のように、ギャンブルにつぎ込めるのは、血肉が通ってない金だからかもしれない。少なくとも、あぶく銭でのギャンブルは、わたしの魂を削ることはなかった。享楽で、わたしは何かを賭けることは、いまはまだ無理だな、ということだけは分かった。

 

その日は、列車にひとつ間違えて乗れなかったり、ひとつやり方を間違えて、獲れなかったり、ボタンを掛け違えた感覚で、1日のレースが終わってしまった。地方競馬は、ちょっと、わからない。「次があるなら、もう少し考えます」と私は言うと、「やめときな」と笑われた。

 

地方の馬は、バタバタ走って泥臭いよ、と知人から聞いていた。案の定ダートを走る馬は、少し、情けない。まっすぐ走りきれない、ぬるりと始まり、ぬるりと終わる。それはそれで可愛いものだった。


最近になって、なんでこんなに馬が好きなのかを考える。
彼らの走る姿を見ると、矯正された美しさの中から出る野性味が、“生き物”っぽくて、好き。演劇みたいで。

 

出会ってすぐにわたしは、リリーさんに対して気を遣わなくなってしまった。前の職場でお世話になったおじちゃんと同じ匂いがしたからだと思う。たくさん質問をぶつけたり、自分のことを聞かれてもいないのに、ペラペラとしゃべり倒していた。彼は忍耐強く私の話を聞いていた(あるいは聞き流していた)。将来のこととか、今の会社のこととか、ギャンブルのこととか、お金のこととか。私がいつも素直に思っていることを、こねくり回さず、そのまま会社の人に言ったのは初めてで、それが嬉しかった。伝えられる人がいるのが、話を聞いてくれて、それをリリーさんの言葉で返してくれるのが、嬉しかった。「若いのに、しっかりしてるね」なんて褒めてくれたのか皮肉なのか酔っ払ってたのか、私にはわからない。

 

リリーさんは、ホープを吸う。すぐに、ホープに火をつけて、すぐに消す。小さなタバコの箱を私はまじまじ眺めて、(いままで出会った人でこんなキツそうな煙草を吸う人はじめてだなぁ)とぼんやり思った。(大人の人だ)とも思った。希望、とか仰々しい名前、つけやがって、と心の中で毒づいたけど、ちょっとくたびれた顔でにかっと笑うリリーさんをみたら、なんかいいな、と思った。前の職場の人といい、リリーさんといい、こういう大人が回りにいてくれたら、やっぱりいいなって思った。

 

美味しい肉を食べて、クッパは食べきれなくて、彼はビールを3杯飲んで、私はザクロジュースで酔っ払って、帰った。「またよろしく」と握手したリリーさんの手は、酒で熱くなっていた。ほんとうによろしく、と心の中で願って、粉の雨に降られて帰った。